小諸城址懐古園紅葉情報(2015年11月17日) | 小諸城址 懐古園(かいこえん)

春の桜、秋の紅葉、動物園、遊園地、様々な記念館を有した城址公園

小諸城址 懐古園(かいこえん)

2015.11.17

小諸城址懐古園紅葉情報(2015年11月17日)

紅葉もいよいよ終盤に差し掛かっています。落ち葉さえだんだんと少なくなってきています。春から秋までの優雅な衣装を脱ぎ捨てて、冬を目指して少しずつ変わっていく風景に、時の無常なる経過と、生命の無常さを感じます。すっかり様変わりした紅葉の樹々のたたずまいには静寂とした老熟を感じさせますが、同時にそこには春の雛菊(ヒナギク)の微笑みとはまったく違う、堂々とした自然の落ち着きも感じさせます。

 

先日ご紹介した「秋の向日葵(ひまわり)」に続いて、今度は下記の写真にもありますように、夏に咲く花として知られる「蛍袋(ホタルブクロ)」の花が、花びらを2つつけて、大平山の斜面際に咲いていました。昔、小さい子どもが蛍を中に入れて手のひらでこの花を包んだことから、「蛍袋(ホタルブクロ)」という名前がついたようです。思わず写真にパチリ。まわりの葉っぱの緑色と、モミジの赤色と、ホタルブクロの紫色が鮮やかに並び、色とりどりの虹のようできれいですね。

 

また、もみじヶ丘の藤村記念館側の伐採木の根元に、かわいらしい「ハート」の形を見つけました。自然にできた珍しいかたちのものに思わず微笑んでしまいます。

 

「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」といううたがあります。今から400年ほど前に詠まれたものですが、平成の世になってもまったく歳をとらないうたであります。花も人も散る時を心得てこそ、その本来の美しさを後世に残すことができる。桜も人も散るべき時を知っているからこそ、一生に一度だけ、もっとも美しい輝きを放つことができる。散り際を心得ているものの生きざまは、実にすがすがしく鮮やかであるということですね。

 

冬の始まりの光景は、寂しげな表情をしていますが、来春の芽吹きを目指すために必死に己をしまおうとする紅葉の樹々たちを見上げていると、そこには流れる季節を懸命に生きようとする、秋の稲の収穫のような、豊潤とした「生命の深み」を感じます。懐古園の紅葉の落ち穂を見ていると、春の桜の優雅さや桜が舞い降りる時の切ない寂寞とはまた少し違った、「生命のたしかな足跡」を見ているような気持ちになります。紅葉終盤の今の時期の懐古園だからこそ、見られる光景があります。他の季節ではけっして出会うことのない、「生命の安らぎ」がそこには静かに眠っているのです。

 

始まりがあれば終わりもある。季節に別れを告げる時が来たのです。

 

若葉のように青々と茂るときが、またやって来るのでしょう。






















 

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