軽井沢と周辺地域(佐久・小諸)の地域情報

ROUTEルートガイド

  • 所要時間:

中山道・望月宿・茂田井間の宿の史跡&観光スポット

中山道/望月宿・茂田井間の宿

中山道/望月宿・茂田井間の宿
望月宿は江戸から数えて二十五番目にある中山道の宿場で、茂田井間の宿は望月宿と芦田宿の間にある宿場です。望月宿には出桁や格子などを持つ建物が多く現存していて、趣のある町並みが特徴的です。茂田井間の宿は望月宿・芦田宿で対応しきれない大通行の際に重用されたほか、良質な米の産地として名を馳せました。また歌人・若山牧水の歌友も望月と茂田井の地に多くいたと言われています。
出発!

塩名田宿・八幡宿より

茂田井間の宿

神明社

祭神は天照大神、雨乞いの霊験として崇拝されました。宝永六年(1709年)には茂田井村初代名主・大澤茂右衛門が願主となり、神殿と神楽殿を建立。本殿はこの地方では珍しい神明造りです。

住所 〒384-2206
長野県佐久市茂田井

茂田井間の宿

若山牧水 歌碑

大正年間、歌人・若山牧水がこの地に滞在しました。その際に酒を愛飲しながら詠み残した歌が、歌碑に収められています。

住所 〒384-2206
長野県佐久市茂田井

茂田井一里塚跡

一里塚

一里塚は、信長の時代に設けられ、徳川家康・秀忠が引き継いで慶長9年(1604)に完成した。

中国で路の側に一里毎に土を盛り、その崩れ去るのを防いでエンジュの木を植え、旅人に木陰をあたえたという例にならって榎が植えられたというが、ともあれこの頃一里塚を三十六町と決定され、五畿七道残るところがなく一里塚が築かれたとされている。

天保年間の、茂田井村差出帳には、当時この両側に土塚があり、榎の根本が残っていたとある。

住所 〒384-2211
長野県北佐久郡立科町茂田井

本殿には見事な彫刻が施されている

茂田井・諏訪神社

諏訪神社の祭神は、建御名方命(たてみなかたのみこと)である。

茂田井の諏訪社の創建年は不明で、この神社に関する最も古い記録は天正16年(1588)当時の小諸藩主松平康国(芦田城主依田信蕃の子)が、蓼科神社の神官今井曽五郎にあてた書状がある。

現在の社殿は、江戸時代末期の文化15年(1818)に茂田井の宮大工・田中圓蔵が建てたもので上尾の中の本殿は一間社流造で、周囲が全部見事な彫刻で飾られている。

住所 〒384-2211
長野県北佐久郡立科町茂田井

茂田井間の宿

古峰神社

明治二十年代に茂田井を襲った大火を契機に建立された神社で、以降、防火の神として崇拝されています。

住所 〒384-2206
長野県佐久市茂田井
到着!

ROUTEルートを地図で確認